のこ屋根日記4

「起」はこの一字で「おこし」と読む。ちょっと珍しい。初めて目にしたときには読めなかった。
現在は合併して愛知県一宮市起だが、数年前までは尾西市起、尾西は「びさい」と読む。尾張の西という意味らしいが、三河の近くには、尾張の西の端ということで、西尾市がある。こちらの読みは「にしお」。
県外者にはまことにややこしい。

尾西市になる前は、愛知県中島郡字起町といった。
一宮 越の機屋(はたや)起の「のこぎり屋根」風景は大正時代から見られるが、戦後30年代にもたくさんの「のこぎり屋根」が建設された。
そのほとんどが「機屋(はたや)」と呼ばれる繊維産業の工場で、毛織物の一大産地だった。
この頃のことを「ガチャ万時代」と町の人は懐かしく回想する。機を一回ガッチャンとすれば一万円稼げる好景気だった。百回動かして百万。うなるように札束が飛び交った。

起の広さは谷中や千駄木より小さく、根津より大きい。
たったそれだけの地域に「のこぎり屋根」がなんと323棟。簡単に考えて、谷中にある寺のおよそ4倍の「のこぎり屋根」が町なかにあると想像してほしい。
右を見ても、左を見ても「のこぎり、のこぎり、のこぎり…」という感じ。つまり、町の人はすっかり見慣れ、見飽きて、その魅力に鈍感になっている。
「こんなの、そこらじゅうにあるで、なにがおもしろいもんか」
というわけだ。

のこ屋根日記4” への3件のコメント

  1. ピンバック: どローカル超ワタクシ的サコク主義通信「放胆屋報譚」

  2. 「こんなの、そこらじゅうにあるで、なにがおもしろいもんか」

    まさに、そんな感じです。私、ノコギリをこの地のアイデンティティの一つと思っていますが、大半のノコギリには愛着を感じられません。でも、だからこそ、地域を語る大切なポイントなのでしょうね。客観的な自己愛ができればと思います。

    ちなみに尾張弁は惜しいところでした。「こんなもん、そっこらじゅうに、いっくらでもあるで、なぁんにもおもしろないがね」・・・こんな感じでしょうか。

  3. >三河の近くには尾張の西の端という事で西尾市がある
    →ヤ○サキさん、出しゃばってごめんなさい、5/6に一宮の庄屋で烏龍茶をがぶ飲みしていた妊夫です。因みに西尾は尾張じゃなくて三河地方にある市で、岡崎の南、蒲郡・豊橋の西に位置します。
     抹茶の生産量日本一の市で、知多半島の常滑同様にインドから綿が渡来した所縁の地で今でも両市には「天竺」という地名があり、知多木綿・三河木綿で栄えました。

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