一宮市制90周年特別展 「のこぎり屋根と毛織物」

大事な告知が遅くなった。

一宮市尾西歴史民俗資料館で一宮市制90周年特別展「のこぎり屋根と毛織物」開催中です。平成24年2月4日(土)~3月25日(日)まで。

●記念講演会(無料)
・3月17日(土) 13時30分~15時
「たくさんある鋸屋根~調査と歴史~」 尾張のこぎり調査団

・3月18日(日) 13時30分~15時
「地域遺産を活かす~起の町並みと鋸屋根工場~」 名古屋工業大学大学院准教授 是澤紀子氏

・3月24日(土) 13時30分~15時
「のこぎり屋根に魅せられて~全国のノコギリ屋根を撮影して~」 写真家 吉田敬子氏

●展示説明会(無料)
・3月11日(日) 13時30分~15時

★ビデオ映画会「花咲く乙女たち」(昭和40年作品、主演/舟木一夫)
・3月25日(日) 午後1時30分~午後3時15分
無料*先着70名(当日12時半から整理券を配布)

さあ、一宮に行きましょう。

播州2日目は雪

播州2日目は雪ではじまりました。寒いはず。

今日は午後からオランダのデザイナー、ペトラ・ブレーゼさんの講演会がメイン会場であります。ブレーゼさんの写真を見ると絶世の美女!昨日のファッションショーに続いて立ち見になりそうです。

さて、のこぎり屋根写真展も好評です。

播州織りは綿織物です。古くは長機木綿・長機縞と呼んだ播州織りの創始は、寛政四年(1792年)という史料がありました。

その後、縞木綿・播州縞と呼び、明治25年に多可(たか)郡縞木綿業組合ができました。最初の組合員は縞木綿機業者91名、組合長は来住(きし)兼三郎氏。この来住さんは、播州に初めて石油発動機で動かす豊田式力織機を導入した人でもあります。明治33年8月のことでした。

「播州織り」の言葉が用いられるようになったのはもう少しあとの、明治39年だそうです。こんなことを知ったのは、写真展の開場時間前に寄った郷土資料館で郷土史家の脇坂俊夫さんのお話を聞けたからです。

小高い丘にある童子公園の山上にある資料館の帰り、瓦屋根の大きな3連のこぎり屋根を発見。雪の中の見事な景色でした。

播州のこぎり屋根写真展

たった2日間の播州のこぎり屋根写真展。はじまりました!

10時に播州織りの総合素材展の開会セレモニーが、西脇ロイヤルホテルグランドホールで幕を開け、続いて織物企業とデザイナーがジョイントしたファッションショーが華やかに行われました。

アパレル業界人たちの熱気ムンムン、人が多すぎて身動きとれない…というメイン会場から50メートル離れた間口15間、5連という巨大なのこぎり屋根が写真展の会場です。本日の気温7度、北風が吹き抜ける工場内は底冷えがします。

熱気ムンムンではないけれど、のこぎり屋根を見に人がポツリポツリと、やってきました。

播州で吉田敬子「のこぎり屋根写真展」

播州織で知られる兵庫県西脇市に、谷中のよみせ通りにある明治43年築の鋸屋根工場「旭プロセス製版」の写真が!

3月2日(水)・3日(木)の2日間、兵庫県西脇市の西脇ロイヤルホテル グランドホールを会場に、『播州織総合素材展2011』が開催されます。西脇の誇る播州織の魅力や可能性を大いに感じることのできる、産地ならではのイベントです。
今年の協賛行事の一つに、のこぎり屋根の魅力に取り付かれた吉田敬子さんが招待され、谷中・桐生ののこぎり屋根の写真を展示します。

吉田敬子「のこぎり屋根写真展」
3月2日(水曜日)、3日(木曜日)
会場:村上モータープール(元東信織物工場跡・西脇ロイヤルホテル隣)
時間:10:00~18:00
昨年5月の愛知県一宮市起に続いての地方巡業写真展。
ぜひ、西脇近辺においでの方、お暇な方はのぞいてください。

西脇の播州織は、最近では昨年の大河ドラマ「龍馬伝」の坂本龍馬役の福山雅治の袴がそうです。
そして、イギリスを代表するファッションブランドの一つ、バーバーリーの生地も、じつは西脇の鋸屋根の下で織られています。
・・・というようなお話は、内容は山ほど用意できているのに、まったく創刊日の目処の立たない「月刊のこぎり屋根」創刊準備サイトにおいおい書きます。

では、西脇で待っています!(やまさき)

のこ屋根日記7 一宮と桐生

写真展の最終日。
桐生工業高校出身の先輩後輩だという二人の男性が来場した。
前日に展示を見に来た、やはり桐工(きりこう)出身の友人から「桐生の写真が展示してあるで見てこい」と電話があったという。

昭和8年生まれ、桐生出身のAさんは、27年に桐生工業高校織物科を卒業してこちらに就職した。
「機屋(はたや)に勤めて機械直しでもやろうと思ってね。どうせ働くなら、桐生のような小さいところより大きなとこがいいって兄弟に言われて、それでこっちに。一宮は大きい、規模が違います。41年間勤めたよ」

一宮には群馬県人会があって、毎月喫茶店で集い旧交を温めるという。年に1回は総会もある。

もう一人、群馬県人会のBさんは太田市生まれ。昭和35年に就職して一宮に来た、やはり桐工織物科の卒業生。

「ぼくのクラスは50人。ちょうど機屋の次男、三男、四男なんていうのばかりで、跡取りがおらんかったんだな。クラスの20人がこっちに就職した。その中の6人がこっちで結婚して今も住んでる
同じ桐工の機械化の連中には静岡に就職したのが多かった」

桐生工業高校織物科は今はもうなく、染色デザイン科に名前を変えている。