2025年日本建築学会文化賞受賞記念
吉田敬子 写真展 「のこぎり屋根 魂の記録」
トークショー「吉田敬子写真作品から見えるもの」
全国的なノコギリ屋根工場の写真記録を通した建築文化発信と普及活動
吉 田 敬 子 殿
建築写真家・吉田敬子氏は、1998 年から日本各地に残るノコギリ屋根工場を記録し続けてきた。織物工場として多数のノコギリ屋根工場が残る群馬県桐生市を起点に、1都 32 県にわたり撮影を展開し、これまでに 3,000 棟を超えるノコギリ屋根工場を撮影してきた。
日本の近代化に大きく寄与した織物産業の一端を支えたノコギリ屋根工場は、絹産業の衰退、都市開発事業や所有者の世代交代に伴い、次々と姿を消してきた。吉田氏は、25 年以上にわたりライフワークとしてその姿を追い続けている。それらの成果をまとめた作品集には、世界遺産登録に先駆けて発行された『写真集 富岡製糸場』(片倉工業2007 年)や全国各地のノコギリ屋根工場を収録した『のこぎり屋根紀行』(上毛新聞社2016 年)などがある。全国のノコギリ屋根工場を探し、建物内部の空間を記録するため、所有者を探して撮影許可を得ることは並大抵のことではなく、産業遺産としてのノコギリ屋根建築のドキュメンテーションとしても大きな社会的価値が認められる。
さらに、建築写真を通した建築文化の普及活動にも多大な尽力をしてきた。吉田氏は撮影と並行してノコギリ屋根工場のある街で写真展を開催し、関連する街づくりシンポジウムに参加するなど精力的な発信活動を続けている。氏の写真撮影と発言の取り組みは、地元では十分に理解されてこなかった工場群の文化的価値を広く周知させるうえで、大きな役割を果たしてきた。『のこぎり屋根紀行』において、撮影がきっかけとなって、建物所有者がその価値を再発見するエピソードが度々紹介されている。真価を忘れられた工場に対して写真家が光を当てることを通し、その所有者や関係者に建物に対する誇りの気持ちが芽生え、それが地域のシビックプライド醸成にも繋がっている。たとえば、群馬県桐生市の「桐生市歴史的風致維持向上計画」など、ノコギリ屋根工場所有者の理解と協力無しには合意形成も進まなかったであろう。また、「建築写真の撮り方」講座も定期的に展開しており、撮影技術の啓発のみならず、歴史的建築の価値共有を願う学びの場ともなっていて、地域社会からも大きな期待を集めている。
吉田氏は、ノコギリ屋根建築を産業遺産として位置付け、無名の建築を発掘し、この分野を開拓してきた。各撮影現場では建築的魅力を共有する関係者どうしの交流を生み出し、建築文化を育むきっかけも創出してきた。記録写真にとどまらない作品性に優れた写真を通した建築文化の発信と普及活動は大変意義深く、高く評価されるものである。
よって、ここに日本建築学会文化賞を贈るものである。