紹介

鋸(のこぎり)屋根とは工場建築に用いられる屋根の一形式で、ギザギザの鋸の歯の形をした三角屋根のこと。
通常、北側のガラス面(採光面)から光を取り入れ、天候に関わらず均一の明るさを得て作業の手許を照らす、という大きな利点があります。
英語ではsaw-tooth roof といい、この屋根からなる工場を north-light shed (北光線工場)とかweavingshed(織布、織物工場)と呼んでいます。

月刊のこぎり屋根0号のこやね日記1(月刊のこぎり屋根0号)より
それは、鋸屋根に魅せられた写真家、
吉田敬子との出会いからはじまった

出会いのきっかけは台東区谷中3丁目、文京区との区境に建つ5連の鋸屋根だった。驚くなかれ、東京のど真ん中に、明治43年築の鋸屋根工場が現存する。いまは印刷会社、旭プロセス製版の事務所であるこの建物は、1954年(昭和29)の廃業まで「千代田リボン製織」という織物工場だった。
この鋸屋根工場がつくられたころ、工場の前には藍染川が流れていた。藍染の反物を洗ったという川沿いには、染物屋が散見した。そして明治のころの日暮里・谷中辺りは、ネクタイ工場が集積する織物の町という顔もあった。
織物の産地は江戸時代初期から日本各地に広がった。木綿製品は綿花の栽培に適した太平洋岸や瀬戸内海の温暖な土地に、養蚕製糸は、稲作に適さない山間や寒冷地に桑を植えて発達した。明治になり、殖産興業の目玉として設立された官営の富岡製糸場を皮切りに、日本の基幹産業を支える織物工場は日本中につくられていく。
私は谷中の鋸屋根を熱く語り、吉田敬子は全国に残る鋸屋根を熱く語った。彼女の撮影した鋸屋根工場は700棟に近い。
木造、石造、鉄骨、煉瓦と変化に富む群馬県桐生の日本一の鋸屋根群。石川県小松の雪国仕様の鋸屋根。愛知県尾西の17連の鋸屋根。赤色に塗られた静岡県富士吉田の鋸屋根。潮風に立ち向かう知多半島の黒塗りの鋸屋根。3年前に操業を停止した高知県奈半利の鋸屋根。
現役もあれば、カフェやギャラリー、パン工場、倉庫などに活用されているのものも、そして廃墟となり消えてしまいそうなものも。
あぁー、彼女の写した鋸屋根を自分の目で見たい。そして、未知の鋸屋根を、彼女のあとを追いながら探し歩きたい。
そうだ。旅に出よう。蚕糸の歴史を学びながら、鋸屋根工場の、北向きの窓から降り注ぐやわらかな光の下で働いた人の話が聞けるうちに。私が訪ねるのを待っていてくれると信じて。
(ヤマサキ)

紹介” への3件のコメント

  1. 私の会社も太陽光発電に携って降りますが、のこぎり屋根はまさしくこの時代にマッチした形状に思います。保存とともに発展へのチャンスで「木造の百年建築なんて使い方次第」という持論は証明されるときと思っております。

  2. 不破さんのコメントは心強いです。まったくそのとおりだと思います。都心でも新しいビルができるたび、築10年のほどの建物に空き室がばかりが増えます。ならば、木造100年を手をかけて使い、空の広さを丸ごと利用する。そんな風景に魅了されます。

  3. 猫八です。展示を今日拝見しました。ブログにも書かせていただきました。去年の今頃に撮った写真を見ながら、また、この形が街に戻ってくることを期待しています。

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